週休3日の実現と、Instagramで急にあらわれる旧友を見るせつなさ
今年から、週休3日を実現している。
少し収入を落としてでも週に3日休むという一歩を踏み出すことにした。
それは、最近はじめたサーフィンを平日にやりたいという純粋なのぞみと、生活を変えたいという切実な希望から決断した。
意外と、わたしの会社は寛容だった。わたしがどんな働き方をしたいと提案しても、たいていのことはなんとか都合をつけてくれるということがわかった。
まあ、会社の金銭に余裕がなくなったらそうはいかなくなるんだけど・・今のところは、というか今年は大丈夫みたい。
どちらにしても将来のことはわからないから、試行錯誤して思うようにやるしかない。
今朝、起きてすぐなんとなくぼんやりInstagramを見ていたら、大学時代のクラスメイトが「おすすめ」にでてきた。インスタって怖いわ、やめてくれ。
彼女たちはどちらも名字が変わっていて、結婚したんだということがひと目でわかった。そしてひとりは大きなお腹の写真で、東京からヒューストン、そして今はシカゴの郊外に住み始めたということがわかった。鍵垢なのに。やめてくれ。
知りたくもないことを知ると、その一日なんだか気分が浮かない。
特に、大学時代の知人の人生アップデート記録なんて、知りたくなかった。
なんだろう、彼女たちが嫌いというわけではなくて、なんだろうお互い違う山を登っている最中だから、他の山のことをしりたくないって感じかなあ。なんだか嫌な気分になってしまうのはなぜだろう。
70歳くらいになって、人生酸いも甘いも経験して、パートナーや子どもや孫やお金とかすべてのことがどうでもよくなって、それでお互いにお互いの山のことを話し合えたらどんなにいいだろうか。そしたら、シスターフッドを感じられるだろうか。
とにかく今はわたしも自分がまだまだ途中で、幸せだけれど胸を張って幸せと他人に生活を見せられるほどではないので、(てか、他人に生活を認められる必要ないだろうとは思うが)ひっそり誰のこともアップデートせずにいたい。